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東京高等裁判所 平成元年(ネ)1627号 判決 1994年8月10日

控訴人

東京都(Y)

右代表者東京都知事

鈴木俊一

右指定代理人

安部誠

藤本清孝

島田恭一郎

富樫博義

被控訴人

桜井陽一(X1)

梶本佳彦(X2)

右両名訴訟代理人弁護士

町田正男

武田博孝

渡辺千古

北沢孜

林千春

寺崎昭義

栃木義宏

南木武輝

理由

一  本件集会及び集団示威運動(以下「本件デモ」という。)並びにこれに対する警視庁の警備態勢について

1  昭和五九年一〇月二一日東京都千代田区紀尾井町二番一号の清水谷公園において全学連等が主催する本件集会が開催されたことは当事者間に争いがない。〔証拠略〕によると、本件集会は、全学連及び反戦青年委員会の共催の「一〇・二一国際反戦デー集会」と称するものであり、全学連委員長佐藤裕幸が昭和五九年一〇月一八日東京公安委員会に対し、同月二一日午前一一時に集合を開始し、正午から参加予定人員八〇〇名で本件集会を開催し、その後赤坂見附、山王下、溜池、虎の門、霞が関二丁目、東京家庭裁判所前を経て日比谷公園まで集団示威運動を行うことを内容とする許可申請をし、同公安委員会が同月一九日許可したものであること、右許可については、交通秩序維持に関し、集団示威運動の行進隊形は五列縦隊、一梯団の人員はおおむね二〇〇名とし、各梯団間の距離はおおむね一梯団の長さとし、かつ、蛇行進、渦巻行進、ことさらな駆足行進、遅足行進、停滞、座り込み及び先行梯団との併進、追い越し、又はいわゆるフランスデモなどの交通秩序を乱す行為をしないこと、並びに危険防止に関し、鉄棒、こん棒、角材、石その他危険な物件を携帯せず、かつ、凶器として使用し得るような角材、こん棒を旗竿、プラカード等の柄に用いないことが許可条件として付され、その許可条件の周知徹底と集会及びデモの秩序を保持することを指示されていたことが認められる。

2  〔証拠略〕によると、昭和五九年一〇月二一日の本件集会及び本件デモの警備は、次のとおりであったことが認められる。

(一)  警視庁第八機動隊の隊員が、凶器準備集合・公務執行妨害等の悪質な行為による危険を防止し、条例や法律に違反する交通秩序の阻害行為を是正する方針の下に、違法行為の規制、違法行為者の検挙及び集団示威運動の整理誘導を任務として行っていた。第八機動隊は、当時、隊長日下部明昭警視(以下「日下部隊長」という。)、副隊長宮原恒男警視(以下「宮原副隊長」という。)、副隊長長谷川孝重警部(以下「長谷川副隊長」という。)らによって指揮されていた。

(二)  第八機動隊の第一中隊及び第二中隊の約一〇〇名の隊員は、昭和五九年一〇月二一日午前九時三〇分ころから清水谷公園周辺の警備に当たっていた。第二中隊員は、第二中隊長濱田和男警部(以下「濱田中隊長」という。)の指揮の下に同公園入口付近において本件集会及び本件デモの参加者が危険物を持ち込むのを監視する任務に就き、そのうち、同中隊第三小隊の小隊長中溝力警部補、分隊長吉田巡査部長、鈴木正義巡査、伊藤巡査、細田巡査、小木曽保文巡査の六名(以下「中溝ら小隊」という。)が同日午前九時四〇分から、本件入口付近の警備に当たっていた。

(三)  日下部隊長は、昭和五九年一〇月二一日午後二時五〇分ころから、第八機動隊の第一中隊、第二中隊及びその指揮下にはいった第四機動隊の第二中隊を港区元赤坂一丁目弁慶堀寄りの歩道上に配備し、デモ行進の通過と前記許可条件に違反する行動があった場合に執るべき規制のために備えた。

二  清水谷公園の本件入口における被控訴人桜井の負傷について

1  〔証拠略〕によると次の事実が認められる。

(一)  被控訴人桜井は、昭和五九年一〇月二一日午前一〇時三〇分ころ、本件集会の会場設営のため、本件集会の参加者約三〇名とともに一〇ないし一三メートルの長さの隊列を組んで弁慶橋から清水谷公園に向かって行進して行った。右隊列の先頭が本件入口に到達したとき、同所を警備していた中溝ら小隊が危険な物件の持ち込みを防止するための検問をしようとしていたため、右隊列の先頭の者達が中溝ら小隊との間で押し合うなどの小競り合い状態になり、中溝ら小隊が警備用の防護大楯を手にして本件入口に立ち塞がるように立ったので、右隊列は、そこから直ぐに公園内に入ることができず、その進行を停止した。そのため、隊列の中程にいた被控訴人桜井は、その五メートル位及び二、三メートル手前でそれぞれ進行を止めさせられ、本件入口前に到達したときには、隊列の先頭集団の集会参加者の一部の者は、既に清水谷公園内に入っていた者もいたが、本件入口には依然として中溝ら小隊の隊員が防護大楯を持って立っていた。集会参加者の一部の者は、検問を拒否して公園内に入ることを示威するため、口々に抗議の気勢を挙げて、本件入口から突入しようとして、立ち塞がっていている機動隊員を押したり、その脇を擦り抜けて本件入口から入ろうとしたが、右機動隊員に歩道側へ押し返されたりしていた、そうこうしているうちに、右の参加者の一団が、「不当検問を突破するぞ」という気勢を挙げて、やにわに雪崩込むように本件入口の階段を駆け上がり、機動隊員らを押し退けて、公園内に入ってしまった。その際、参加者の数人が階段に躓いたか、後続の者から押されたりして前のめりに折り重なって倒れるなどした者が数名いたが、直ぐに立ち上がって、他の突入者と一緒に公園内に入って行った。その後まもなくして、中溝ら小隊は、本件入口に立ち塞がって検問する態勢を解いたため本件集会参加者は本件入口からも清水谷公園に入るようになった。

(二)  被控訴人桜井は、顔面を覆うマスクを掛けて野球用帽子を被っていたが、清水谷公園内に入ってから、全学連の副委員長高田岳男の指摘により左眼瞼部に出血を伴う創傷が生じていることに気付き、さらに架けていた眼鏡及び眼鏡バンドが無くなっていることにも気付いて、本件入口付近で眼鏡を探したところ、その一部である蝶つがい部分を残して折れた左側柄の部分と眼鏡バンドのみを発見した。そこで、被控訴人桜井は、本件集会に参加していた武田博孝弁護士の助言により、他の集会参加者に右創傷の状態を写真撮影してもらい、武田弁護士と共に、清水谷公園内で警視庁麹町警察署の警備課長に対して、警備していた機動隊員に暴行を受けて負傷したとして抗議し、次いで、本件集会に参加していた北沢孜弁護士と共に、本件入口に戻り、そこで、機動隊員の責任者に同様の趣旨の抗議をした。

(三)  被控訴人桜井は、同日午前一一時過ぎころ、清水谷公園近くの前田外科病院において、川辺則彦医師の診察を受け、前額部挫創(左目尻のやや左上方の額部の数条の擦過創)、左第二指打撲(可動は良好な左第二指第二関節部腫張)と診断され、その後同月二二日及び二五日に治療を受け、同月二四日には全治五日間の前額部挫創のみを記載した診断書の交付を受けた。なお、被控訴人桜井は、初診時には、川辺医師に対し、負傷の原因について「公園で遊んでいて、木にぶつかって怪我した」と虚偽の説明をしていた。

(四)  〔証拠略〕中、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし採用できない。また、甲第一号証によると、同病院の櫻井与志彦医師は、被控訴人桜井に対し、昭和五九年一二月一四日付けで、「前額部挫創及び左第二指第二関節亜脱臼。昭和五九年一〇月二一日初診、上記所見あり。前額部挫創には全治五日間を要し、左第二指亜脱臼については全治二週間を要する見込みであった。」旨の記載のある診断書を発行していることが認められるが、〔証拠略〕によると、右の左第二関節亜脱臼の診断及び全治のための所要期間については、カルテにも記載されていない診断内容であり、初診時の症状から判断しても根拠のない過った記載であることが認められるので、甲第一号証の右記載部分は採用できない。

2  被控訴人桜井が負傷した原因と状況について、証人高田岳男は、被控訴人桜井が本件入口の階段を向かって左側端部分を通って上ろうとしたとき、同被控訴人の正面にいた機動隊員が防護大楯を横長にもって突き出し、その平面部分を同被控訴人の顔面全体にぶっつけたため、同被控訴人が後方の歩道にぼーんと飛ばされ、そのとき同被控訴人の眼鏡が飛んでなくなり、その顔面の左眉の下のところから血が出ていた旨証言している。また、被控訴人桜井は、本人尋問において、同被控訴人が本件入口の向かって左端の鉄柵と防護大楯を持った機動隊員との間の二〇センチメートルの隙間の所を通り抜けて公園内に入ろうとしたとき、その機動隊員が胸のあたりの高さの位置に横長にして持っていた防護大楯をいきなり突き出し、その真ん中の平らな部分を同被控訴人の顔面に強く当てて突き飛ばしたため、よろけて二、三歩後退した旨並びに右暴行によって同被控訴人の眼鏡が破損して外れ、左眉の左上部分、左手人指し指等を負傷した旨供述している。

被控訴人桜井の右供述によると、機動隊員の防護大楯による突き飛ばす行為によって、同被控訴人の掛けていたマスクや被っていた野球用帽子は外れたりしなかったことが認められる。

証人高田や被控訴人桜井の右供述中、機動隊員が防護大楯を横長に持って突き出したという部分は、〔証拠略〕によると、防護大楯が縦の長さ一・一メートルで横の幅〇・五三メートルの大きさであること並びに本件入口の間口が二・三メートルであることが認められること、他の機動隊員も防護大楯をもっていたことに鑑みると、本件入口の左端にいた機動隊員がわざわざ防護大楯を横長に持って被控訴人桜井の進入を防止するような措置をとるものとは考え難く、不自然である。また、〔証拠略〕によると(証人高田や被控訴人桜井の供述するような態様の暴行でもっては、野球用帽子を被り、顔面にマスクを掛けていた被控訴人桜井の左眉左側下部に擦過創が発生することは困難であり、眼鏡の破損状況や同被控訴人の鼻根部や額等に創傷が認められないことに鑑みても、防護大楯の平面部分による打撃があったものと考えるには不自然であることが認められる。したがって、証人高田及び被控訴人桜井の右供述部分は、にわかに採用できない。もっとも、前記認定事実に照らせば、被控訴人桜井が、本件集会参加のため本件入口を通行しようとした時に、前記認定の負揚をした可能性は高いものと推測されるところ、その原因について、本件集会に参加しようとした被控訴人桜井らの集団が、機動隊員による所持品検査等を拒否して検問突破を図って本件入口から雪崩込んだ際に、参加者相互の衝突や一部の参加者の転倒があり、それによって被控訴人桜井も負傷したことが推測されない訳ではないが、そうだというだけの定かな証拠もない。

結局、本件証拠によっても、被控訴人桜井の主張する負傷が、中溝ら小隊の機動隊員による暴行によって生じたものと認めることができないといわざるを得ない。

三  赤坂交差点付近におけるデモ行進中の被控訴人梶本の負傷について

1  〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。

(一)  本件集会が昭和五九年一〇月二一日午後三時ころ終了すると、本件集会参加者約七〇〇名は、街頭宣伝車を先頭に、旗持ち集団約三〇名、全学連の学生約一七〇名を第一梯団、反戦青年委員会の労働者約五〇〇名を第二梯団として、清水谷公園を出発し、弁慶橋、赤坂見附交差点、虎ノ門交差点、霞ケ関二丁目、東京家庭裁判所前、日比谷公園という経路で本件デモ行進を始めた。

(二)  本件デモの行進参加者は、白色のヘルメットを被り、タオルやマスクで覆面しており、五人が旗棹を横に持って腰を低くする姿勢でスクラムを組んでいる各梯団の先頭部に先導されながら、同様の姿勢でスクラム組み、安保粉砕等の掛声をあげながら、道路いっぱいを使ってジグザグ行進を直ぐに始め、警備する警察官の許可条件を守るようにとの警告を無視して、ジグザグ行進を続け、赤坂見附交差点に進入するや右に大きく蛇行して四ツ谷方面に向かう気配を示した。そのため、本件デモの警備をしていた機動隊員が、第一梯団の前に入ってデモ行進の先頭誘導を行ったり、デモ行進者の側部に寄り沿って歩いて併進規制を行うようにして、デモ行進参加者に許可条件に従った行進をするよう規制したが、デモ行進参加者は、気勢を挙げて、腰を低くしてがっちりとスクラムを組んで、先頭誘導をしようとする機動隊員らに突き当たり、そのまま四ツ谷方面に進行しようとした。そこで、さらに他の機動隊員も加わって約二〇名の機動隊員が、赤坂交差点内で本件デモ行進の前面及び側面からの規制を強化したため、機動隊員とデモ行進参加者との軋轢が一時的に強くなり、デモ参加者と機動隊員とが押し合うような状態が生じたが、結局、機動隊員による先頭誘導と併進規制が徐々に効を奏し、本件デモ行進は赤坂東急ホテル方向へ誘導されて行った。

(三)  その後、本件デモ行進の第一梯団が赤坂東急ホテル前付近路上まで達したとき、原因は定かでないが、またデモ行進の第一梯団と機動隊員とが押し合うような状態が生じた。その際、第一梯団の先頭部の中央にいた被控訴人梶本の横又は後側にいたデモ行進参加者の一人が、同被控訴人の前面にいた機動隊員のヘルメットを手でつかもうとするような挑発的行動をとった。それを契機として、右機動隊員がヘルメットで被控訴人梶本の顎部に頭突きし、さらに別の機動隊員が警備用の篭手を着けた腕で同被控訴人の顔面を殴打した。

(四)  その後、本件デモ行進は、溜池交差点付近で先行する街頭宣伝車との距離が接近し過ぎたため、機動隊員によって一時停止の規制を受け、また、虎ノ門交差点手前付近で、機動隊員によって先頭誘導及び併進規制を受けて、機動隊員と押し合う状態になった。また、本件デモ行進の第一梯団の先頭部が後ろからスクラムを組んで来るデモ行進参加者に押されて、躓くようにして前のめりに倒れたこともあった。

(五)  被控訴人梶本は、本件デモの終了後、左大腿部や顔面鼻根部のあたりに痛みを感じたが、直ぐには医者の診察、治療を受けなかったが、痛みが消失しないため、昭和五九年一〇月二五日になって、早稲田大学付近の岡崎医院でデモ行進の際機動隊員から暴行を受けたことを告げて診察を受けようとしたところ、診察もされず他所に行くよう指示されたので、同日、東京都新宿区戸山にある国立病院医療センターにおいて、浅井春雄医師の診察を受け、向後三週間の安静加療を要する見込みの顔面挫傷(主訴のみによる鼻根部痛)及び左大腿部挫傷(大腿部内側全長にわたる皮下出血と圧痛並びに曲げたときの左股関節痛)と診断されたが、鼻根部については特段の検査も治療も要しない程度のものであったので、左大腿部のみの治療を受け、その後、同年一一月九日に古谷医師の治療を受け、同月二六日及び同年一二月六日に浅井医師の診察を受けて、同日全治した旨記載した診断書の交付を受けた。なお、被控訴人梶本は、初診時には、浅井医師に対し、負傷の原因について「ラグビー中にスクラムで蹴られた」との虚偽の説明をしていた。

2  控訴人は、デモ行進参加者の第一梯団先頭部中央にいて頭突き等された人物について、検証物のビデオテープやその再生画面の写真である甲第一〇号証によると容貌体格からして被控訴人梶本とは別人であると主張するが、再生画面等から別人と断定することは困難であり、その着衣の映像や写真から判断すると、被控訴人梶本が着ていたという甲第一六号証の写真に写っているヤッケと同じ物でてあることが認められるので、控訴人の右主張は認められない。

3  被控訴人梶本は、本人尋問において、右1の(五)の負傷をした原因について、赤坂交差点内に進入してからの機動隊と押し合うような状態になっているときに、機動隊員から左大腿部を靴底等でもって数回蹴られたとか、被っていたヘルメットを剥ぎ取られて顔面を数回殴られた旨供述し、また、赤坂東急ホテル前付近路上でデモ行進が一時停止したときの機動隊と押し合うような状態となったときに、機動隊員らに頭突きや篭手を着けた腕での顔面殴打を受けただけでなく、足蹴りによる暴行を受けた旨供述している。

被控訴人梶本が、本件デモ行進の際に、第一梯団の先頭部の中央にいて先頭誘導規制をしようとする機動隊員と直接対面し、押し合い状態の過中にいたことは認められるが、検証物であるビデオテープおよびその再生画面の写真である甲第一〇号証を精査しても、被控訴人梶本が機動隊員によって左大腿部を足で蹴られている事実は認められないし、また、デモ行進が赤坂交差点内に進入した直後の機動隊員との押し合い状態の中で、被控訴人梶本が顔面等を殴打されている事実も認めることはできない。そして、被控訴人梶本は、本件デモ行進の第一梯団の先頭部で下半身付近に旗棹を構え、腰を低くして脚部を前に出すようにして歩行して機動隊員と対面していた旨供述しているが、右のような姿勢の同被控訴人が、対面した機動隊員に左大腿部内側を全長にわたって足蹴にされたと見ることは不自然であり、〔証拠略〕によると、被控訴人梶本の供述するような態様の足蹴によっては、同被控訴人の左大腿部内側全長に甲第六号証及び甲第一五号証の写真に写っているような打ち身ではない圧迫性の二重條痕の内出血の創傷が発生することは困難であることが認められる。したがって、右の頭突きと篭手を着けた腕による顔面殴打以外の暴行に関する被控訴人梶本の右供述部分は、にわかに採用できない。

前記認定の事実及び〔証拠略〕によれば、同被控訴人は、デモ行進の第一梯団の先頭部中央にいて機動隊員のヘルメットによって顎部に頭突きされ、顔面を機動隊員の篭手を着けた腕で殴打されたことが認められるところ、右の顔面殴打によって、被控訴人梶本の顔面鼻根部に痛みを伴う挫傷が生じた疑いもなくもないが、本件デモ行進中の被控訴人梶本らの行動に鑑みれば、右の暴行が原因であると断定するに足りる証拠もない。また、被控訴人梶本の顎部に頭突きによる挫傷が生じたことを認めるに足る証拠もない。

結局、被控訴人梶本の主張する負傷が、本件デモ行進の際に生じた可能性があることは推測されるが、本件証拠によっても、それが機動隊員による暴行によって生じたものと認めることができないといわざるを得ない。

しかしながら、機動隊員らの赤坂東急ホテル前路上における右の頭突き及び篭手を着けた腕による顔面殴打の行為が、前記認定のような経緯でなされたものであっても、本件デモ行進の規制や取り締まりのために必要であったり、やむ得なかった事情によるものであったことを認めるに足る証拠もないから、右の頭突きや顔面殴打の行為は、正当性を欠くものといわざるを得ず、不法行為になるものというべきである。

4  したがって、被控訴人梶本が、前記負傷の治療等のために支出した費用は、右不法行為による損害と認める訳にはいかない。仮に、被控訴人梶本の鼻根部挫傷が右不法行為と認められる機動隊員の顔面殴打によるものであったとしても、証人浅井春雄の証言によると、右鼻根郎の挫傷は、被控訴人梶本の主訴のみによる痛みで、腫れも発赤症状もなく、検査も治療も要しなかったものであることが認められるから、右の治療費等の一部を右不法行為の損害と認めることもできない。しかしながら、〔証拠略〕によれば、同被控訴人が、機動隊員らによる右の不法行為によって肉体的苦痛を被ったこと並びに本訴の提起及び遂行のため弁護士に委任せざるを得ず、その報酬を支払う合意をしたことが認められる。その慰謝料は、不法行為の態様及び程度、その他それに至るまでの経緯等諸般の事情に鑑みると、金五万円が相当というべきであり、弁護士費用のうち金一万円が、右不法行為と相当因果関係のある損害というべきである。

四  以上によれば、被控訴人桜井の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がなく、被控訴人梶本の本訴請求は金六万円の範囲で理由があるが、その余の請求部分は理由がない。

よって、右と結論を異にする原判決は正当でないから、これを右の理由のある限度で変更し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 渡邉等 柴田寛之)

≪参考≫ 東京地裁平成元年四月二六日判決(昭和六〇年(ワ)第二五七一号)

【理由】

一 原告桜井の請求について

1 当裁判所が認定した事実関係

(一) 〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

昭和五九年一〇月二一日、全学連及び反戦青年委員会の主催する本件集会(その正しい呼称は「一〇・二一国際反戦デー中央集会」である。)が開催された(右開催の事実は当事者間に争いがない。)。なお、本件集会は、東京都公安委員会が交通秩序維持や危害防止の観点から被告主張どおりの条件を付して許可したものであった。

原告桜井は、右同日、本件集会の会場設営のため、午前一〇時三〇分頃本件集会の他の参加者約三〇名とともに清水谷公園の弁慶橋寄り入口前に着いたが、右入口には第八機動隊第二中隊第三小隊所属の隊員六名が警備に当たっており、右機動隊員らは、原告桜井ら参加者の一団に対し、右入口からではなく公園の正面入口から公園内に入るように指示し、警備用の防護大楯を手にして入口に立ち塞がって弁慶橋寄り入口からの公園内入場を阻止していた。

これに対し、原告桜井ら参加者は、「なぜ、この入口から入場させないのか」などと口々に抗議し、原告桜井は自分の正面に立ち塞がっている機動隊員らの脇をすり抜けて、入口前の歩道から公園内に立ち入ろうとしたが、右機動隊員らによって防護大楯を押し付けられるなどして、歩道側に押し返された。そこで、原告桜井は、自分の正面に立ち塞がっている機動隊員に対し、「なぜここから公園内に入れないのか」などと抗議をし、右入口の向かって左端に立っている機動隊員の手にした防護大楯と同入口の左端との間の間隙から公園内に入場しようとした。そして、右機動隊員の向かって左側脇をすり抜けるように本件入口部分の石段に一歩足をかけようとしたところ、右機動隊員が手にした防護大楯を前に突き出して、右大循で同原告の顔面部を一回強く殴打した。右暴行によって、同原告は、着用していた眼鏡を破損され、前額部に出血を伴う挫創を負うとともに、反射的に顔を庇うように左手を前に出したため、右大楯に左手の第二指をぶつけて第二関節亜脱臼の傷害を負った。なお、右暴行によって破損して飛ばされた眼鏡は、右暴行後、その一部である左側柄の部分と眼鏡バンドの部分が右現場近くで発見されたが、その余の部分は発見されなかった。

右暴行後、間もなくして、前記機動隊員らは、原告桜井らの参加者を右入口から公園内に入れるようにしたため、原告桜井も他の参加者らとともに公園内に入り、そこで、本件集会に参加していた武田弁護士の助言を得て、他の参加者に、前額部の出血及び傷害の状態を写真撮影してもらった。

その後、原告桜井は、右武田弁護士とともに、公園内で警視庁麹町警察署の警備課長に対し、右暴行について抗議をし、さらに、本件集会に参加した北沢弁護士とともに、前記入口に戻り、そこで警備中の前記機動隊員らの面前で、第八機動隊第二中隊の濱田和男中隊長に対し右暴行について抗議をした。

その後、原告桜井は、同日午前一一時過ぎに清水谷公園の近くの前田外科病院へ行き、診療を受けたが、その際、同原告は、受傷の原因を警察官による暴行と説明して診療を拒まれたとの話をかつて聞いたことがあったため、医師に対し「公園で遊んでいて、木にぶつかって負傷した」と事実と異なる説明をした。

原告桜井は、同日、右病院で全治五日を要する前額部挫創と全治二週間を要する左第二指第二関節亜脱臼と診断され、その後、同月二五日までの間に三回同病院に通院し(なお、同年一二月一四日は治癒の確認のために診察を受けたものである。)、診察費及び治療費として合計金一万三九四〇円を、診断書代(二回分)として金六〇〇〇円をそれぞれ支払った。

(二) 右(一)のとおり事実が認められる。なお、被告は、右の認定に反して、機動隊員らは原告桜井に対し何ら暴行を加えていないと主張し、被告申請にかかる証人中溝、同鈴木及び同小木曾らは、一応右主張にそう証言をしているので、検討するに、〔証拠略〕によれば、清水谷公園の弁慶橋寄り入口において、原告桜井が機動隊員との物理的な接触によって受傷したこと、その後同原告が北沢弁護士とともに右入口付近で機動隊員に対し抗議を申し入れたことは、いずれも疑いの余地のない事実であり、右事実はその余の事実認定の前提となる否定し難い事実であるところ、原告桜井は、その受傷原因についておおむね自然で合理的な供述をしており、その供述には事実をことさら捏造したり歪曲させたりしたことを窺わせる点を見い出すことができないのに対し、証人中溝、同鈴木及び同小木曾は、当時右入口で原告桜井ら集会参加者らと対峙しその規制に当たった機動隊員として、原告桜井の受傷ないしその前後の具体的な状況についてなんらかの形で現認していた可能性が高いのに、原告桜井ら参加者と対峙応酬していた状況についてほとんど供述するところがなく(同証人が積極的な証言をしていれば、あるいは受傷の具体的な状況が明らかとなり、それをもとに、さらに進んで、機動隊員の行為の違法性の有無についての判断も可能であったと思われる。)、右入口付近における規制の状況についてした供述部分は、事柄の核心部分をあえて欠落させたものといわざるをえないから、右供述部分は、いずれも原告桜井本人尋問の結果によって得られる心証を排除・減殺する証拠として採用することができない。

2 被告の責任

右1の事実関係によれば、被告の公権力の行使に当たる公務員がその公権力の行使に当たって、原告桜井に損害を与えたものといわざるを得ないから、被告は、国家賠償法一条一項に基づき同原告の被った損害を賠償すべき義務がある。

3 原告桜井の損害

(一) 原告桜井が前記傷害の治療費、診断書代等として合計金一万九九四〇円を出費したことは、前記認定のとおりである。また、〔証拠略〕によれば、前記破損した眼鏡は、約二万円で購入したものであったことが認められるから、購入後の経済価値の減少を考慮すると、本件事件当時には原告桜井主張のとおり一万円の価値があったものと認めるのが相当である。

(二) 〔証拠略〕によれば、同原告は、前記認定した暴行・負傷により、精神的・肉体的苦痛を被ったことが認められ、その慰籍料は、通院期間、暴行・負傷の部位、程度及び態様、その他本件に関する諸般の事情を考慮すれば、金三万円が相当である。

(三) 〔証拠略〕によれば、同原告は本訴を提起するに当たって、原告ら訴訟代理人弁護士らに本件訴訟の提起及び追行を委任し、その報酬を支払う合意をしたことが認められるところ、本件訴訟における事案の内容、審理の経過、認容額を総合考慮すると、原告桜井に対する本件不法行為と相当因果関係にあり、被告に負担させるべき弁護士費用は、金一万円が相当である。

(四) 右(一)ないし(三)によると、原告桜井の損害は、合計金六万九九四〇円である。

二 原告梶本の請求について

1 当裁判所が認定した事実関係

〔証拠略〕を総合すれば、次の事実が認められる。

原告梶本は、昭和五九年一〇月二一日、本件集会に参加した後、本件集会参加者によって引続き行われたデモ行進に参加し、デモ行進の先頭集団である第一梯団の最前列の五名の一員となり、その中央に位置した。デモ行進は、同日午後三時頃、清水谷公園を出発し、弁慶橋を渡り、赤坂見附交差点方向へ進んだ。

同交差点弁慶橋寄り付近には、第八機動隊の第一及び第二中隊並びに第四機動隊第二中隊が警備のために待機しており、デモ行進が赤坂見附交差点に差しかかった頃から、右各機動隊員らがデモ行進と併進しながらデモ行進が予定進路の変更や蛇行進行をしないようにするデモ規制を行い、さらに、右第二中隊の第三分隊がデモ行進の先頭集団のさらに先頭部分を誘導する職務を担当した。

デモ行進の先頭集団が赤坂交差点に入ってから、しばらくして、右先頭集団の先頭部分と機動隊員らが押し合う状態になっている最中に、その機動隊員の中の一名が足で原告梶本の左大腿部を蹴りつけて、同原告に大腿部挫傷を負わせ、さらに、その後、先頭誘導を担当している機動隊員の一名が警備用ヘルメットを被ったまま同原告の下顎部に一回頭突きをし、また、その直後、右頭突きをした機動隊員の横にいた機動隊員が警備用の籠手を着用したままの右手拳で同原告の左顔面部を殴打して顔面に挫傷を与えた。

原告梶本は、デモ行進が終わった後、前記殴打された部分に痛みを覚えたが、周囲の者から骨には異常がないだろうと言われたこともあって、しばらく病院には行かないでいたが、日時が経過しても痛みが消失せず、殴打された部分の腫れもひかないため、受傷後四日目である同月二五日に、早稲田大学の近くにある個人病院を訪れたが、受付で、デモ行進の際、機動隊員から暴行を受けた旨告げたところ、診療を拒否された。そこで、原告梶本は、国立病院医療センターを訪れ、受診した。そして、その際には、同原告は、右診療拒否の経験から、受傷の原因について、真相を隠し、「ラグビーをしていた際に受傷した」と告げて診療を受けた。

原告梶本は、同日、同病院で、向こう三週間の安静加療を要する顔面及び左大腿挫傷と診断され、その後、同年一二月六日までの間に同病院で四回受診し、その間同病院に対し治療費及び診察費として合計金二五五〇円を健康保険の自己負担分として、また、診断書代(二回分)として、金二〇〇〇円を支払った。

2 被告の責任

右1の事実関係によれば、被告の公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについて、故意による違法行為によって原告梶本に損害を与えたものということができるから、被告は、国家賠償法一条一項に基づき同原告の被った損害を賠償する義務がある。

3 原告梶本の損害

(一) 原告梶本が治療費、診察費及び診断書代として合計金四五五〇円を出費したことは、前記認定のとおりである。

(二) 原告梶本本人尋問の結果によれば、同原告は、前記認定した暴行・負傷により、精神的・肉体的苦痛を被ったことが認められ、その慰籍料は、通院期間、暴行・負傷の部位、程度及び態様、その他本件に関する諸般の事情を考慮すれば、金二五万円が相当というべきである。

(三) 〔証拠略〕によれば、同原告は本訴を提起するに当たって、原告ら訴訟代理人弁護士らに本件訴訟の提起及び追行を委任し、その報酬を支払う合意をしたことが認められる。そして、本件訴訟における事案の内容、審理の経過、認容額を総合考慮すると、原告梶本に対する本件不法行為と相当因果関係にあり、被告に負担させるべき弁護士費用は、金三万円とみるのが相当である。

(四) 右(一)ないし(三)によると、原告梶本の損害は、合計金二八万四五五〇円である。

三 以上によれば、原告桜井の請求は金六万九九四〇円、原告梶本の請求は金二八万四五五〇円及び右各金員に対する各支払済みまで前記違法行為の日である昭和五九年一〇月二一日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行宣言については相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 阿部則之 芦澤政治)

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